【移住Story3】“忙しすぎる毎日“を手放して、家族中心の暮らしへ。Uターンの選択。
・浅田秀穂さん(34)
・公務員
・移住元:東京都
・移住4年目
・家族構成:夫婦+子3人

エレベーターのない地下鉄の駅、目の前には長い階段。片手にはベビーカーと荷物、もう一方の腕には幼い我が子を抱いて、呆然と立ち尽くす―。子育て中の浅田さん一家にとって、かつての東京暮らしはちょっぴりハードな思い出です。
東京でCS放送のゴルフ番組プロデューサーとして、多忙ながらも充実した日々を送っていた浅田秀穂さんが、故郷の旭川にUターンしたのは2023年3月のこと。京都の大学を卒業後、憧れのメディア業界に飛び込みましたが、待っていたのは過酷なスケジュールでした。日中働いたあと、深夜の海外中継に合わせて仮眠を取り、また夜から明け方まで勤務する日々。元高校球児の浅田さんにとってスポーツの熱狂を届ける仕事は誇りでしたが、幼い子供たち、そして妻との時間は、否応なく削られていきました。「家族と過ごす時間をもっと持ちたかった。その頃には仕事をやり切ったという気持ちも湧いてきて、妻と話し合って、二人の故郷に戻ることを決めたんです」と振り返ります。
実は10代の頃、この街に少し閉塞感を感じていました。しかし14年ぶりの故郷は、記憶の中のイメージを鮮やかに裏切ってくれました。
季節の花と緑が溢れる「北彩都ガーデン」を中心に再開発された駅裏、車を少し走らせれば行ける、美しく整備されたたくさんの公園。東京ではひと苦労だった子供との外出が、旭川ではごく自然な日常になりました。「子供たちも積極的に、お外で遊びたい!って言うようになりましたね」と、顔をほころばせます。


以前のような無理な働き方を手放したことで、生活の質は劇的に変わりました。週末は家族でお弁当を持ってピクニック。去年の夏には旭川で生まれた3人目の子も連れて、家族全員で知床旅行も楽しみました。かつてテレビを通してスポーツの熱狂を伝えてきた浅田さんは今、目の前で笑う子供たちの温もりを感じながら暮らしています。
仕事面では市の職員として観光課に勤務。学生時代に有志でスポーツ新聞を発行し、前職でテレビを通じて届けてきた「伝えること」への情熱は、地域の魅力を発信する原動力へと昇華しました。「この時代、無理をしてまで都会で働いて子育てをする理由はないかもしれません。僕はUターンして、本当に良かった」。


一度外の世界を知ったからこそ見える、故郷の底力。
家族との時間を慈しみながら、新たな情熱を地域に注ぐ浅田さんの姿は、多様な生き方を受け入れながら変化を続ける旭川の「今」を象徴しているようです。